公務員の評価・処遇(競争について)
(2000年10月19日)宛先 : y-net

山本勝敏です。

Mさんのご意見をお借りして、
「公務員の評価・処遇→行政改革」について、少し触れたいと思います。

私は、今の「公務員の評価・処遇制度」=「人事制度」を
抜本的に変える必要があると思ってます!

良くても悪くても評価されない現状が、
今の行政の腐敗・怠慢などの根源だと思います。

定年まで、「事なかれ主義」でジッとしてれば
誰でも管理職になれ、莫大な退職金がもらえるなんて、おかし過ぎます。
(もちろん、中にはちゃんとやってる人もいますが)

多治見の場合も、今まで一般職の市職員(一般職=看護婦や現業職を除いた職種)は
多少の早い遅いはあれども、退職までに「全員」が管理職になっていました。
「全員」が最後は管理職になるなんて、信じられますか!?
私に言わせれば、異常過ぎます!

この他にも、「勤勉手当て」という手当てがボーナスごとに支給されますが、
勤勉であったかどうか、には少しも関係なく、やはり「全員一律」に
手当てが支払われています。
当然ですが、「勤勉」という名の通り、「差」を付けるべきです!

他にも、おかしなことは沢山あります。
「みんな一緒」「差を付けない」「仲良しグループ」「競争しない」…
そんな「風土」「体質」が当然になってしまってます。

私は、こんな「風土」や「体質」を徹底的に改革しようと思ってます!

改革のための、いくつかの試案も持ってますが、
長くなりますのでここでは省略しておきます。
ただ、その一番の基本は、「結果主義」=結果による評価、です。
これにより、「競争」が自然と発生します。

>Mです。
>
>私もその通りだと思います。頑張っても頑張らなくても返ってくるものが同じではや
>る気は出ないと思います。そこでどのようにしたら働く人たちが意欲を持ってその人
>の能力をできるだけ最大限発揮できるかがポイントになってくるのですが、その方法
>として「競争」というのは私はあまり賛成できません。ただし本人が自発的に「競
>争」に参加した場合は別です。(略)
>いま話題にしている「競争」というのは自分の意志と無関係に「競争」という環境に
>おかれた時という前提です。

理想としては、分かります。
現実としては、「評価」をして「差」を付ければ、
自然と「競争」が発生することになるでしょう。

ただ、「差」を付けても、「競争」しようとしない人は出てきます。
環境に関係なく、「競争」するか、しないかは、
結局は、その人の意志にゆだねられるということも言えます。

>「競争」というのは一般的に「競争」に勝つ人、「競争」に負ける人が出てきます。
>勝った人は良かったと思うかもしれませんが、負けた人は自分はだめなやつだと思っ
>て劣等感を持ってしまい、本来のその人の能力が十分発揮できないことも多いと思い
>ます。

一度負けたら、二度とはい上がれない、
というような「競争」の仕方は私も反対です。
「敗者復活」できる「競争」のあり方であるべきです。

例えば、行政では「懲戒処分」などという様な制度があって、
この懲戒を受けると、出世に響くと言います。
一回の失敗が、定年まで影響します。
これでは、腐ってしまい、確かにやる気がでません。
起こした問題の中身にもよりますが、
こういう評価の仕方には、基本的に反対です。

「敗者復活」できる評価をすべきです。

>また競争に勝つためにはいい情報があっても人に教えないなどは一般的によく
>ある話で、それだけ情報の伝達が遅れます。

一つには、「WIN-WIN」(私も勝ち、あなたも勝ち)の関係づくりが大事です。
一般的な「WIN-LOSE」(私が勝ち、あなたが負け)の感覚は、
それこそ「共生社会」の中での「競争」にはそぐいません。

二つには、情報の伝達そのものを、評価対象にすることも考えられます。

三つには、競争の少ない現在でも、いい情報はあまり伝達されているとは
思えません。伝達しても、評価されない現状ですから…。

>人がその人の能力を最大限発揮できるのは、自分自身の価値を発見し、使命感を持
>ち、自分らしさが発揮できる環境におかれた時だと思います。公務員の人たちもそれ
>は同じだと思います。

その通りだと思います。
いわゆる「自己実現」ということでしょう。
ただ、「自己実現」と「競争」とは決して相反するものではありません。

私自身にも、選挙という「競争」があります。
「自己実現」はまだまだですが、この二つは、充分両立できると感じてます。

>「競争」ではなく、頑張った人には頑張っただけの評価をきちっと与えることが大事
>であり、それはみんな違っていいと思います。これは山本さんと同じ考えのような気
>がしますが。

前にも述べましたが、
「競争」させることが目的でなくても、「評価」によって「競争」が自然発生します。
ここは、ご理解いただけると思います。

>ただこれから「共生社会」を創っていこうと考えたとき、今起こっている問題
>を解決する手段として「競争」という概念を使っていかない方がいいのではないかな
>というのが、私の率直な意見です。

お気持ちは、よく分かります。
「共生社会」を目指すことは、以前述べたように、まったく同感です。

ただ、非常に大ざっぱに言えば、
行政・公務員の世界には、「競争」がもっと必要であり、
企業活動には、社会や地球との「共生」の概念が必要である、と思ってます。

行政は遅れすぎています。
私は、今は、この段階だと痛感しています。