情熱と初心がわかるページ

 このページをじっくりご覧頂くと、「私の政治への情熱や初心」がよくお分かり頂けると思います。

 最初の「私の決意」以外は、市議になる前に作った資料で、公けには公開しなかったものです。古いものは、ワープロからPCに移しかえてちょっと面倒でしたが、読んで頂ければ苦労が報われます。ページの下方ほど古いものになっています。
 では、どうぞ!


私の決意 〜後援会のしおりから〜(1998年11月)

 二期目の市議選挙の前に作った「後援会のしおり」に載せた「私の決意」です。
 スペースの関係で端的ではありますが、自分の気持ちを正直に表現できていると思います。

私の決意

21世紀だから…、なんてセンチメンタルには考えてない。
しかし、新世紀の訪れと同時に、今あらゆる面が曲がり角にある。

それは、人類の生存までも危うくする環境・食糧・エネルギー問題、
少子高齢化などによる福祉問題、社会の変化に起因する教育問題、
積み重なる行政の借金、絶えない政治腐敗、そして出口の見えない経済情勢。

加えて多治見では、道路網整備の遅れからくる交通渋滞、地元企業の低迷、
中心市街地の空洞化などなど。

高校時代「政治が変わらなければ」と感じた。
でもボクには力は無かった。

社会に出た。しばらくすると、新たな曲がり角が見えてきた。
負の遺産が積まれている。「自分にも責任がある」と思った。
「今を生きる世代として、子供や孫たちの世代に責任を持とう」と。

「誰かがやるさ」と逃げたくなかった。
「きっと自分にも出来る」と信じた。「扉を叩こう」
そして6年を経て、最初の扉は開かれた。

あれから4年。たくさんの経験をした。しかし僅かなる抵抗とも思える。
それでも「たとえ僅かでもいい、今やれることをやり切ろう」
曲がり角にぶつかりながらでも。あの時から変わらぬ決意で!

                                        山本勝敏



若者へのメッセージ 〜後援会内部資料から〜(1995年1月)

 最初の市議選挙の三ヶ月前に、「若者の政治参加とパラダイムチェンジ」について、私の思いを後援会の若手幹部らに伝えるために作った内部資料です。
 この思いを別のかたちで表現したのが、「市民から志民へ 〜あなたも志民に!〜」です。

若き感性!山本勝敏

〜若い感覚で、多治見を、そして日本を変えたい!〜



政治の独走、わかりづらさ、腐敗…

         ↑
         |…悪循環になっている
         ↓

政治への無関心の増大(特に若年層)
  →投票率の低下

「自分の意見なんて取り上げられない」
「自分には直接関係ないし、
        だいたいから分からない」
「誰がやっても同じこと、
         なるようにしかならない」
「どうせみんな、汚いことをやっている」…
多治見の新成人1263人に聞きました。

Q1.選挙に関心がある    39%
        ない    61%
Q2.4月の選挙を知っている 36%
        知らない  64%
Q3.自分の一票は重要である 66%
        重要でない 34%
Q4.4月の選挙にすすんで行く14%
        行く    39%
        わからない 47%

           ↓

 ◆しかし、「本当にあきらめていいのか!」と言いたい。

    自分たちの子供に、またその子供に、我々は責任を持たなければならない。
    これから自分たちの時代がやってくる。自分たちの時代は自分たちが主導権を握ろう。
     〔多治見市議平均年齢58才〕
    今、流れを変えなければ、いつ変えられる。自分たちがやらなければ、誰がやる。
    一人一人が動けば、世の中必ず動く!

 ◆山本勝敏は「ただ、あきらめたくなかった」だけである。

    普通の家庭に生まれ、普通のサラリーマンでも政治を動かせることを自ら証明したい。
    普通の私が議員になることで、皆に政治を身近に感じてほしい。
    今回の選挙活動そのものが、若者の政治への関心を高め、世の中を変える第一歩である。

    「選挙はダサイ」→「選挙は常識、当たり前」へ (選挙へ行こう運動=若者の意識改革)



古い世代の当たり前は、我々若者の当たり前ではない。
時代に合わない考え・やり方は捨て、新しい・若い感覚・感性で変えていこう。

               <パラダイムチェンジ>

    「多治見は陶器の街」     → 「陶器を守りながら、プラスαを」
    「遊びは名古屋へ」       → 「多治見を遊べる街に」
    「切った張ったの改善作業」 → 「先を見た計画性」
    「政界は財界が動かす」    → 「政界は一般市民が動かす」

    ※山本勝敏は若者の代弁者になる。
      そして、いずれは皆で、日本を動かそう!



私の政治への思い 〜ある挨拶文から〜(1994年12月)

 最初の市議選挙の四ヶ月前に書いた文章ですが、紙面としては使わずにワープロの中で眠っていました。
 政治家を目指そうとした理由、経緯、そして決意などがお分かり頂けると思います。

ご挨拶

 皆さん、こんにちは。「山本勝敏」です。

 私は、父實、母久江のもと、3人兄弟の末っ子(次男)として昭和39年多治見市大日町に生まれました。2才の時、現在の音羽町3丁目に転居いたしました。
 電気工事業を営んでいた父の影響もあり、子供の頃から科学が好きで、大学も理工系を選び仕事も先ず機械メーカーで技術者をしておりました。

 そんな私が「何故?」ということになるわけですが、学生時代の科学好き…、特に物理学が好きだったのですが、これがもともとの原因となっています。若輩ながら小難しいことを言うようではありますが、物理学は字の如く、物事の道理を探究する学問ですが、これを突き詰めると世の中の在り方のようなものに通ずることは一般的にも良く言われることです。

 私にとってもこれは例外でなく、理工学を学ぶ傍ら常に、世の中でおこる様々な出来事、特にそれを左右する政治は大変気になるものでした。つまり、身近な自分たちの町の在り方、生活環境、高齢化社会、教育問題、福祉(父は13年前から身体障害者)、変わらない政治体質から自然環境の問題まで本当に様々な真正面から取り組まなければならない課題が山積されていると感じ続けてきました。

 ただ、この様に感じる一方で、これらの課題に対する自分自身の無力感も持ち合わせていました。「自分は普通の人だから…」「なんの力もないから…」と。しかし、段々と考え方が変わってきました。「普通の人がやらなければ…」「力無くとも思いがあれば…」と。

 そして、わずかながらでも世間をもっと知るため、またいろんな意味で勉強になると思い、180度技術者とは違うコンサルタント会社に転職し貴重な体験を積み、このたび不退転の決意で退職して活動に専念する所存です。

 私は、地盤(組織)も看板(政党・肩書)もカバン(金銭)も何も無い「普通の人」ですが、目指すべき理想と行動力で、町のため郷土のためにやり切りたいと思っております。
 どうぞ、皆様方のご理解をお願い申し上げます。

 なお、以下に私が今後取り組んでいきたいと思う課題を挙げさせて頂きます。

 ■納得できる市政を

    *市政への市民の意見の反映(市民参加の政治)
    *きれいで分かりやすい政治づくり(地方政治改革)
    *税金の無駄遣いをなくす行政の見直し(地方行政改革)

 ■豊かさを未来に

    *身近な生活環境と大切な自然環境の保護・改善
    *産業と生活と環境のバランスのとれた地域活性化
    *東濃中核都市としての地域文化の醸成

 ■ひとりひとりを大切に

    *高齢化社会に向けた総合的福祉・生涯学習などの拡充
    *女性・児童・障害者も安心できるゆとりの町づくり
    *豊かな心を大切にする学校教育と家庭・地域教育



自己紹介状 〜ある手紙から〜(1994年10月)

 最初の市議選挙の半年前、会社の関係でまだ浦安市に住んでいた時に書いた手紙です。宛先は多治見市外ですが、ちょっと秘密です。ご免なさい。
 ここでは、政治家を目指そうとした理由、経緯に加えて、長期的に取り組みたい課題を挙げています。

(略)


自己紹介状


 私は、昭和39年岐阜県多治見市に生まれ、地元の小学校・中学校・高校を経て、名古屋工業大学に進みました。

 もともと理工学系が好きで、特に物理学には大いに関心を持っていました。物理学は字の如く、物事の道理を探究する学問であり、人間界以外の事象を対象としている訳ですが、これを突き詰めると人間の在り方や世界観(大げさに言うと哲学や宗教)に通ずることは周知のことです。

 私にとってもこれは例外でなく、理工学を学ぶ傍ら常に、今の世の中における人間の在り方や世界情勢などは関心を引くものでした。つまり、地球環境、各地でおこる紛争・戦争、人口問題、エネルギー問題、食糧問題などなど我々が人間として真正面から取り組まなければならない課題が山積されていると感じ続けてきました。

 ただ、この様に感じる一方、これらの課題に対する自らの無力感ゆえ、大学卒業後は機械メーカーでしばらく技術者として働くことになりますが、やはり先に述べたように真正面から自分自身が取り組むことの重要さを感じるようになり、政治家を目指そうと思うようになりました。

 そして、理念や理想だけでは人の気持ちを動かすことはできないとも感じ、先ず人の気持ちを動かす力を身につけようと経営コンサルタント会社に転職し、機を待つことにしました。
 この仕事では他にも、人間の行動科学、企業の実態、組織(社会)の変革、教育の在り方など色々な側面で今後に役立つものを得ることができました。

 そして諸事情で、退職が遅れたものの今後地元多治見市へ帰郷し、市議会議員から始めようと思っております。私には、地盤も金銭もありませんが、目指すべき理想と行動力でやり切れると思っております。

 なお、以下に私が今後取り組んでいきたいと思う課題をいくつか挙げてみます。


◆地球環境問題(地域環境)

 地球温暖化・オゾン層破壊・森林破壊・砂漠化・ゴミ問題・酸性雨・放射能汚染・各種公害など地球規模で解決すべき課題が山積する中、一地域として取り組めることは何かを考えていきたいと思います。

 この課題は、国連(世界)として、また日本として取り組まれるべきことであると同時に、市民一人一人の生活や意識の問題でもあります。

 多治見市周辺でも車などの巨大廃棄物の無断投棄が問題になるなど、経済成長(これは人間の欲求に起因する)と環境問題は切り離せない課題と感じます。

 また、身近な生活廃棄物や家庭でのエネルギー浪費などについても人間の欲求の抑制などによる生活形態の変容が必要になってきていると感じます。


◆エネルギー問題

 石油か、原子力か、そして次のエネルギーは? 
 確かに誰も答えを持たない問題ではあるが、多くの人は、この問いにあまりにも無関心過ぎる。

 確認埋蔵量レベルで一向に減らない石油、日本では未だ事なきを得ている原子力、いつか次のエネルギーが開発されるという科学万能主義、この現状に我々の世代は甘んじることができるかも知れないが、将来必ず付けが回ってくる。

 将来に対して今我々が責任を持つ必要がある。

 これは大きすぎる課題ではあるが、先ず皆で意識すること、考えることから始め、エネルギー問題への思想や理念の流れ(方向性)を築いていくことが必要と思われる。私は地域社会でこの流れを築いていこうと思う。


◆国民(市民)の政治参加

 現状においては、国民・市民の政治や地方自治に対する関心が低すぎる。
 これは政治への不信感や無力感また分かりづらさにより助長されている。

 後を絶たない汚職事件、利権争い、国民不在と思われる政治家と役人の独走、手の届かぬまた知らない所で決められていく物事、分かりづらい仕組み、コンテント(内容)でなくプロセス(過程)での対立など、国民の関心の無さは政治にも責任がある。

 政官からの国民への働きかけをもっと多くしたり(例えば地方議会で何が決められているか大半の人は知らない)、特別な人達だけの政治でなく素人でも政治参加しやすくしたり(私の様に全くの素人でも参加できて当然)、プロセスでなくコンテント重視の体質づくりをするなど、政治を身近なものにしていく必要がある。


◆政治家の機能

 国会議員は国益を考えるために選出されるが、実際には選挙区の利害を考えなければ自らの立場の維持ができなくなっている。選挙区を無視すれば国益に貢献できなくなる。

 このジレンマは政治家と有権者の双方に責任がある。両者間の秩序形勢が必要である。

 同じようなことが地方議員においても言えるが、やはりこれも有権者に対する啓蒙活動が欠かせない。
 また、地方議員は名誉職的なものになってしまい、有権者からも大したことは期待されていないという現状があるが、政策の推進という本来の議員の機能の強化を図っていかなければ、余計に地場の極一部の人達の利益の為にだけ動くことになってしまう。


◆教育の重要性

 先に挙げた環境問題・エネルギー問題・国民の政治参加・政治家の機能のいずれにおいても国民(市民)の啓蒙・教育が欠かせない。

 これは有権者に対してだけでなく、義務教育の中でも政治についての考え方の醸成を今以上に図っていくことが必要と思う。


◆地方行政改革

 中央レベルでの行政改革の必要性とともに、当然地方での行政改革も同時に欠かせない。

 北九州市役所の行政改革(=シェイプアップ作戦:私が勤務していた(株)ビジネスコンサルタントがサポートした)のような取り組みを多治見市役所にても展開していきたい。

 なお、この場合には一般企業の業務改革にも用いられる独特の手法を活用するわけであるが、他の自治体でも活用の価値は十二分にある。


                                                        以上